既存遡及ってなに?
消防設備士の試験で必ず出るテーマ、それが「既存遡及(きそんそきゅう)」です。
結論から言います。
消防法には「既存不遡及(きそんふそきゅう)の原則」があります。つまり――
- 法令の基準が厳しくなっても、既に建っている建物は古い基準のままでOK
これが原則。でも、この原則には大きな例外があります。
- 消火器・避難器具などは、どんな建物でも常に新基準が適用される
- 特定防火対象物では自動火災報知設備も遡及適用される
- 増改築・用途変更をすると、既存不遡及の恩恵を失うことがある
この記事では、消防法第17条の2の5を中心に、既存遡及のしくみをわかりやすく解説していきます。
「既存遡及」と「既存不遡及」の違い
まず用語を整理しましょう。
| 用語 | 意味 |
|---|---|
| 既存遡及 | 基準が変わったら、既存の建物にも新基準を適用する |
| 既存不遡及 | 基準が変わっても、既存の建物は旧基準のままでOK |
たとえば「スプリンクラーの設置基準が厳しくなった」とします。このとき、既に建っている建物にも新基準を適用する(=スプリンクラーを追加で設置しなければならない)のが既存遡及。「昔の基準で建てたんだから、そのままでいいよ」と猶予するのが既存不遡及です。
建築基準法では既存不遡及が原則ですが、消防法は建築基準法よりもずっと遡及されやすいのが特徴です。なぜなら、消防用設備等は人命に直結するからです。
消防法第17条の2の5 第1項(条文)
既存不遡及の原則を定めた条文がこちらです。
第十七条の二の五 第十七条第一項の防火対象物における消防用設備等の技術上の基準に関する政令若しくはこれに基づく命令又は同条第二項の規定に基づく条例の規定の施行又は適用の際、現に存する同条第一項の防火対象物における消防用設備等(消火器、避難器具その他政令で定めるものを除く。)又は現に新築、増築、改築、移転、修繕若しくは模様替えの工事中の同項の防火対象物に係る消防用設備等がこれらの規定に適合しないときは、当該消防用設備等については、当該規定は、適用しない。この場合においては、当該消防用設備等の技術上の基準に関する従前の規定を適用する。
第1項を現代語訳すると
長くて読みにくいですよね。ポイントは2つだけです。
ポイント①:既存不遡及の原則
「消防用設備等の基準が新しくなったとき、すでに建っている建物(or工事中の建物)の設備が新基準に合っていなくても、新基準は適用しない。その場合は、改正前の古い基準を適用する。」
つまり、基準が厳しくなっても既存の建物はセーフというのが原則です。
ポイント②:ただし書き(超重要!)
条文の中に「消火器、避難器具その他政令で定めるものを除く」という括弧書きがあります。これがこの条文のキモ。
この括弧書きに該当する設備は、既存不遡及の対象外です。つまり、常に新基準が遡及適用されるということです。
常に遡及される消防用設備等
「消火器、避難器具その他政令で定めるもの」の具体的な内容は消防法施行令第34条で定められています。
| 設備 | 対象 |
|---|---|
| 消火器・簡易消火用具 | すべての防火対象物 |
| 避難器具 | すべての防火対象物 |
| 自動火災報知設備 | 特定防火対象物のみ |
| 漏電火災警報器 | すべての防火対象物 |
ここで注目してほしいのが自動火災報知設備です。これだけ「特定防火対象物のみ」と限定されています。つまり――
- 百貨店や病院(特定防火対象物)→ 自火報の新基準が遡及適用される
- 事務所ビルや工場(非特定防火対象物)→ 自火報は旧基準のままでOK
これは試験でよく狙われるポイントです。
消防法第17条の2の5 第2項(既存不遡及が認められないケース)
第1項で「既存の建物は旧基準でOK」と言いましたが、第2項では「こういう場合は旧基準ではダメ。新基準に合わせなさい」というケースが定められています。
第1号:もともと旧基準にも違反していた場合
改正前の古い基準にすら適合していなかった建物は、当然ながら既存不遡及の恩恵を受けられません。そもそも違反状態なので、新基準に合わせるのは当然ですね。
第2号:基準施行後に増改築等をした場合
基準が変わった後に増築・改築・大規模修繕・大規模模様替えをした場合、既存不遡及の対象から外れます。工事をする機会があるなら、そのときに新基準に合わせてくださいね、という趣旨です。
第3号:一度は新基準に適合した場合
たとえば自主的に設備を更新して新基準に適合した後、「やっぱり古い基準でいいや」と元に戻すことは認められません。一度適合した以上、その状態を維持する義務があります。
第4号:用途変更で特定防火対象物になった場合
たとえば事務所ビル(非特定防火対象物)を飲食店(特定防火対象物)に用途変更した場合、新基準が遡及適用されます。不特定多数の人が出入りする用途に変わったのだから、より厳しい基準を満たす必要があるということです。
図解:既存遡及のしくみ
ここまでの内容を図にまとめましょう。
(施行令34条)
建物の種類に関係なく
新基準を適用する
(スプリンクラー等)
既存不遡及の原則
2号 基準施行後に増改築等をした
3号 一度は新基準に適合していた
4号 用途変更で特定防火対象物になった
具体例で理解する
実際の場面でイメージしてみましょう。
ケース①:30年前に建てた事務所ビル
事務所ビルは非特定防火対象物です。消火器の設置基準が改正されたとします。
- 消火器 → 遡及適用される(施行令34条の対象)。新基準に合わせて消火器を更新する必要あり
- スプリンクラー → 既存不遡及。旧基準のままでOK
- 自動火災報知設備 → 非特定なので既存不遡及。旧基準のままでOK
ケース②:30年前に建てた百貨店
百貨店は特定防火対象物です。同じく基準が改正されたとします。
- 消火器 → 遡及適用される
- スプリンクラー → 既存不遡及。旧基準のままでOK
- 自動火災報知設備 → 特定防火対象物なので遡及適用される!新基準に合わせる必要あり
ケース③:事務所を飲食店に用途変更
事務所(非特定)を飲食店(特定)に変更すると、第2項第4号に該当します。
- これまで既存不遡及で免除されていた設備も、新基準が遡及適用される
- 不特定多数の人が出入りする用途に変わったので、安全基準を引き上げる必要がある
なぜこんな制度があるの?
ここで「なぜ一律に全部遡及しないの?」という疑問が出てきます。
理由は経済的な負担と人命の安全のバランスです。
- 基準が変わるたびに全建物に新基準を強制すると、関係者の経済的負担が大きすぎる
- でも、人命に直結する最低限の設備(消火器・避難器具など)は妥協できない
- さらに、不特定多数が出入りする特定防火対象物は火災時の危険度が高いので、自火報も遡及させる
つまり、「命を守る最低限の設備は遡及、それ以外は猶予」というバランスの取り方なのです。
事務所ビルなら、そこで働く人は建物の構造を知っていて避難経路もわかっています。一方、百貨店やホテルのお客さんは建物の構造を知らないし、どこに非常口があるかもわからない。だからこそ、特定防火対象物にはより厳しい基準が遡及適用されるわけです。
試験で狙われるポイント
| ポイント | 覚え方 |
|---|---|
| 消火器・避難器具は常に遡及 | 命を守る最後の砦。妥協しない |
| 自火報は特定防火対象物のみ遡及 | 不特定多数の安全のため |
| 用途変更で特定に→遡及 | 人が変わればリスクも変わる |
| 増改築したら→遡及 | 工事のついでに新基準へ |
| 根拠条文は消防法17条の2の5 | 「遡及といえば17条の2の5」 |
まとめ問題
記事の内容を理解できたか、チェックしてみましょう!
問題1
消防用設備等の技術上の基準が改正された場合、既存の防火対象物について正しい記述はどれか。
(1)すべての消防用設備等について、常に新基準が遡及適用される。
(2)すべての消防用設備等について、既存不遡及の原則により旧基準が適用される。
(3)消火器や避難器具などの一定の設備を除き、原則として旧基準が適用される。
(4)非特定防火対象物のみ、既存不遡及の原則が適用される。
問題2
自動火災報知設備の基準が改正された場合、既存の建物への遡及適用について正しい記述はどれか。
(1)すべての防火対象物で遡及適用される。
(2)特定防火対象物でのみ遡及適用される。
(3)非特定防火対象物でのみ遡及適用される。
(4)いかなる防火対象物でも遡及適用されない。
問題3(応用)
20年前に建てられた事務所ビルを飲食店に用途変更する場合、消防用設備等の基準の適用について正しい記述はどれか。
(1)用途変更しても既存不遡及の原則が維持されるため、旧基準のままでよい。
(2)用途変更後の用途が特定防火対象物であるため、現行の基準が遡及適用される。
(3)用途変更の場合は建物を新築した場合と同じ扱いになり、すべて新基準が適用される。
(4)用途変更の場合は消火器のみ新基準が適用され、その他の設備は旧基準のままでよい。
まとめ
- 原則:既存の建物は旧基準のままでOK(既存不遡及の原則/消防法17条の2の5第1項)
- 例外①:消火器・避難器具等は常に新基準を適用(施行令34条)
- 例外②:自動火災報知設備は特定防火対象物のみ遡及
- 例外③:増改築・用途変更などの場合は遡及適用(第2項各号)
- 理由:経済的負担と人命の安全のバランスを取るため
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